So-net無料ブログ作成

安倍首相の国民総活躍社会とは? [政治]

国民総活躍社会とは性別、年齢、障害等全ゆる状態の国民が其々の能力に応じ活躍出来る社会の事であり、社会の多様な姿に対応可能な政策が不可欠である。従来の様に現役世代だけが働いて高齢の退職世代を支える「世代間扶養システム」の継続は、少子高齢化の続く現状(成熟社会)では財政上不可能であり、ジェネレションフリーの相互扶養の共生社会」に移行せざるを得ない。然し、其れには未だ多くの組織や職場に様々な課題が残っている作れば売れる」時代とは異なり、今迄に経験した最善の方法 (ベストプラクティス)実施しても、必ずしも以前同様な成果が得られるとはらない時代であるだからこそ、多様な思考見識を受け容れ対応出来る体制を整え解決策を見出す事が要求されている"此の道しか無い”等多様性に水を差す様な発言は厳に慎むべきである。







 




アメリカファーストと都民ファーストは何処が違いますか? [政治]

最近、大衆迎合のポピュリズムが急激に頭を擡げ、世間を席捲しています。またまた危ない時代に突入して来ました。大衆迎合主義と民主主義は何処が違います?                                 
大衆の悩みや思いに迎合し自分の思う方向に民意を誘導し利用する政治家と大衆の悩みや思いを受け止め其れを分析し、何が真に大衆の為なのかを考え行動する政治家を判別する能力を身に付ける事が必要です。
嘗て、此の国を大戦に導いたお偉方も、同盟国であった彼の国のヒットラー総統も、国民大多数の熱烈な支援を後ろ盾に立ち上がった形で戦争の口火を切った事実を思い起こして下さい。“何でも偉い人の云う事に遵ってさえいれば心配ない”は大変心配です。民主主義が衆愚主義になってしまっては再び同じ過ちを起こす事になる。 

2度と戦火に塗れたく無い人。原発事故で命からがら世の中を逃げ回りたく無い人。どんなに努力をしても報われぬ人。等々・・・・どの党が政権を取っても同じだ”なんて言わないで、選挙は棄権せずに必ず行き投票し、大切な1票に自分の想いを託す事皆んながその様な気持ちになれば此の国も変わる。“国民一人一人の自覚が全てだと思う。

我が国でもテロ等を標的にして、国会で「共謀罪」等が議題に挙がり、嘗て特高等が反政権の会合を取り締まった暗黒の時代を思わせる、どの様にでも活用可能な権力者に都合の良い法律を望む危険な雰囲気が漂って来た。要注意!

先ず「もんじゅ」失敗の責任と原因の追究を [政治]

我が国のエネルギー基本計画の根幹は原子力発電の核燃料サイクルであり、高速増殖原型炉「もんじゅ」はそれを支えるに欠く事の出来ない重要な研究炉である。

然し、其の「もんじゅ」は日本原子力研究開発機構に依り運営され、1994年初臨界の翌年燃料冷却用ナトリューム漏出事故を起こし、更に其の翌年には1万点に及ぶ点検漏れ発覚等トラブル続きで既に1兆円を超える資金投入がされている。そして、未だ殆ど運転実績が無い。而も、運転を開始するには新規制基準に適合させる為に工事費用を更に8千億円要すると云われる。其処で運営主体の変更を各方面から問われるも未だ具体的な選定には至っていない。

其のような訳も有り、官邸筋では之を廃炉にと考えている

我が国のエネルギー政策の根幹である高速増殖炉による燃料サイクル方式を諦め、MOX燃料を使用するプルサーマル方式に基本方針を変更する考えである。

然し、その場合、我が国にはプルサーマル原発炉が少なく、プルトニュームの完全消費が不可能であり、核兵器に利用される疑念を各国に抱かせる。

関係閣僚会議は「もんじゅ」を廃炉にし、燃料増殖の無いフランスの高速炉「アスリッド」計画に資金を提供し、協同研究する方針も検討中と聞くが、此の「アスリッド計画」自体実現性が疑問視されている。ロシアでは我が国と同様な液体ナトリユームを冷却材として使用する高速増殖炉の運転が1段階進んだとの情報もある。政府の高速炉開発会議は従来の方針を抜本的に見直し「もんじゅ」を廃炉にしても、核燃料サイクルの主体となる高速炉の研究開発は維持する予定等と嘘ぶく。廃炉にした場合どの様に核燃料サイクルを見直すのか具体策を知りたい。

其の前に我が国の原発の燃料サイクルが「もんじゅ」の稼働に依って維持されると説明し、一兆円を上回る冗費を費やすことになってしまった原因を究明し、二度と同じ過ちを繰り返す事が無い様にせねばならない。其れもせずに文科省及び通産省を始めとする関係閣僚は先ばかり急いでいる。其れは何故か?

「もんじゅ」を廃炉にした場合には我が国の原発全てを廃炉にする等エネルギー計画を全面的に見直す必要が有るのではないか。此の国の行く末を左右するような大問題であるエネルギー政策を全て他国であるフランス国の研究機関に委ねる様な無責任な結論等出してはならない。




ダレのミックス→まやかしの 成長と方便のトリクルダウン [政治]

民主憲法の下、傲慢にも己の名を冠した経済政策を大上段に振り翳し、此の他に道は無い、此の道を突き進むだけ等と公言し、国民から考える自由や選択する自由迄奪い去った為政者が、果たして、我が国の憲政史上有っただろうか?

発行部数の多い新聞やTV迄が連日特大見出しで、恰も同調するかの如く先を争って之を

取り上げる。読者や聴視者は洗脳され、思考力さえ奪い去られ兼ねない異常な状況だ。

経済政策に隠れて先行している憲法問題も、嘗ては7つの海を制し、地球上至る所に植民地を設けた彼の国の如く、国民投票等に依る早期決着だけは避けてもらいたい。先ず、国会で充分に討議し国民の理解と納得を得る事が肝心である。後悔は先に立たず。


嘗て1800年代に米国の共和党大統領ドナルド、レーガンの採った、一連の自由主義経済政策が、の名を政策に冠したレーガノミックスであり、多分、我が国の為政者も之に倣ったのでは?

前大統領民主党ジミーカーターの政策が企業活動を阻害し、勤労意欲を低減させた。との思いから、市場原理民間活力を重視する政策を採り、社会保障費こそ削減させたものの、軍事費の増大により政府支出を拡大させてしまった。同時に減税等景気刺激策も採り、経済規模も一時は拡大させたが、結局、貿易赤字と財政赤字の拡大と云う双子の赤字を抱え失敗に終った。規制を緩やかにし、市場の成り行きに任せる。市場原理主義の政策はまさかアダムスミスの時代ではあるまいし「見えざる手」がそんなにうまく働くとは限らない。

成熟社会に突入した我が国では、成長を経済政策のトップに掲げる事はもはや無理である。先ず、分配の手立てを考えるべきではないか。「成長無くして分配無し」等と公言する者も有るが、成熟社会では本末転倒である。分配策が希薄の状態で成長ばかりを推し進めては較差が拡がるばかりであり、社会は如何にもならない焦燥感と閉塞感に包まれ、優良企業も先行き不安の為に内部留保の積み増しに励み、決してトリクルダウンなど起きる余地等無い。現状では公平な分配こそが成長の源である事を肝に命じて貰いたい。然し、社会主義統制下の社会ではあるまいし、給料を上げろとか内部留保を減らせとか政府が私企業に計る事もご遠慮戴きたい。




所得の再配分は税だけではない(国家100年の大計を考慮し社会保障は社会保険の改訂で!) [政治]

又もや消費税のアップが見送られた。社会保障費は如何する積り?古来より自分が生きるに必要な懸りは自前(自助)が原則である。然し、病人や未成年や老人や障害者は他人の助けを借りず、自力で生きる事が困難や、不可能であったりし、家族がカバーするにも限界がある。其処で社会には他人同士互いに助け合う共助の形が自然に構築されて行った。此の国では其の分野を社会保障費の名目で社会保険に依り賄う様に定めている。国家を形成し運営して行くには他に多様な経費が必要であり、其れ等を賄う為には所得の再配分機能を有する税が設けられ、収入の多寡に依り応分の納入が定められている。 国家運営に係る諸々の費用は当然公金である税で賄われるべきであるが、社会保障は原則自助、共助の意味を持つ社会保険が受け持つ分野であり、公金である税で賄うのは筋違いである。社会保障に税金が使われる事実は社会保険の機能が社会保障をするには脆弱過ぎる事を如実に顕している。無暗に税を投入し財政を先進国中最悪にしてしまった要因を改定もせず、社会保険の抜本的改訂を後に回し、財政再建を先に延ばし、又もやの増税は良識ある政治家の為すべき事では無い。


政治と権力(歴史は繰り返される) [政治]

私達の国は七〇年程前に戦前の旧体制に決別し、新憲法を制定し、個人の権利を大切にする国に生まれ変った。国家権力に依る個人の教育や思想への介入を禁止し、言論の自由も認めた。又、海外で軍事力を行使する事を禁止した。此の憲法で国家権力の暴走を縛り、個人の権利や自由を護り、海外派兵を禁止し、平和国家として繁栄を築いて来た。之が戦後レジームである。                                     戦後レジームから脱却する事は、之等の縛りを取り外し、何を求め、何処へ向う考えか?多くの憲法学者の違憲論に耳を傾けもせず、只一度の閣議で共同防衛や、海外派兵を認める様に憲法解釈を変更し、数を頼りに安保関連十一法案を国会で可決させてしまった。同盟国と共に世界の隅々に迄派兵し、戦いを挑む事を可能にしてしまった。之で司馬遼太郎氏が著書「この国のかたち」の中で”日本史上に顕われた異胎の四〇と云った”あの恐ろしい統帥権干犯時代に歴史を逆戻りさせてしまった。                     小選挙区制度が施行され、党執行部の選定で立候補者が決定される。党首の「覚え愛でたい者」で無くては当選は愚か立候補も出来ない。逆に「覚え愛でたい者」であれば例え小選挙区で落選しても比例で当選させることが出来る。結果、党首の顔色ばかりを気にする小粒な選良や閣僚が多くなり、与党党首でもある首相は往時の参謀本部等とは比較にならぬ権力を持つ様に変わってしまった。そして歴代内閣や政権政党が戦後七〇年間も護り続けた「自国の専守防衛は出来るが、攻撃を受けた同盟国を防衛する為に応戦する事は出来ない」とした従来の憲法解釈も閣議のみで軽々しく変えてしまった。権力には其れに応じた責任も伴う事を自覚すべきである。先の大戦で国民が背負った苦難を思えば、それは充分理解出来よう。原爆を投下された広島、長崎をはじめ多くの都市は空爆に晒され住居は焼き尽くされ、多くの住民を犠牲にした。又、沖縄は地上戦の戦場と化し、多くの住民を犠牲にしたばかりでは無く、未だに米国の占領下にあると同様の扱いを受けている。その他近隣諸国に対しては加害者として計り知れない損害と打撃を与えてしまった。                                                           これ等の歴史を更に遡れば、国際情勢の変化に応じ鎖国を解き開国を試みた幕府に叛意を顕に、薩長土連合が尊王攘夷を旗印に、既に弱体化していた幕府を倒し、其の舌の根も乾かぬ内に臆面も無く、自らが夷国と蔑んだ西欧を真似た政府を樹立し、明治維新を成し遂げた。そして内政も整わぬ儘、戦った日清戦争(明治二七年一八九四年)に勝利し、馬関条約締結後、日露戦争(明治三七年一九〇四年)から大東亜戦争敗戦に至る(一九〇五年から一九四五年迄)司馬遼太郎氏が日本史上異胎の四〇年と云われたこの間の暴走は、帝政憲法上天皇のみが有するとされた「統帥権」を陸軍参謀本部が自己本位に曲げて解釈し乱用した結果である。
即ち、明治維新は幕府及び譜代大名の弱体化に乗じた倒幕の結果で有り、日清戦争の勝利はアヘン戦争の結果、アグイン条約に伴う西欧諸国による彼の国の植民地化と清王朝の乱れ等清国内部事情が全てであり、日露戦争の勝利も又、赤化に伴う帝政ロシアの混乱に乗じての勝利であり、全てが漁夫の利であって決して薩長連合政府率いる我が国が優れていた訳で無い事は明瞭である。明治維新を成功させ、日清、日露の戦に勝利した事で更に国力及び軍事力を過信し、参謀本部の「統帥権」に惑わされ、彼等の為すが儘に建国した満州国を認め、更に世界の一等国を夢見て先の大戦に臨み、惨憺たる結末を招いてしまった。                                    昨今の政治状況を鑑みるに、長州出身の権力者が往時に郷愁を覚え、小選挙区制度に依る権力の肥大化を好い事に憲法学者の違憲論にさえ聞く耳持たず、「統帥権」まがいに自己本位の憲法解釈で国民生活を蔑ろに同盟国と共に世界の隅々にまで派兵し、世界のリーダーたらんとする自己中心の思惑で戦後レジュームとの決別を唱える危うさには限りなく不安を覚える。




世界のリーダーで無くとも国民に幸せを [政治]

私達の国は経済成長の時代に終りを告げ、既に成長より配分を重視する成熟社会に突入している。にも拘らず、未だに経済成長を夢見てトリクルダウン等到底望めないにも関わらず、経済成長を基本政策に掲げ、貧富の格差を益々拡大させている。更に、最高法規の憲法を犯して迄も強引に安保関連法案を可決し、同盟国と共に世界の隅々に迄派兵し戦いを挑む準備を整えている。之では司馬遼太郎氏が著書「この国のかたち」の中で”日本史上に顕われた異胎の40年と云はれた”あの恐ろしい時代に歴史を逆戻りさせてしまう。国家の運営はビジネスとは異なる事を実感し、軽々しく歴代の内閣及び政権政党が護ってきた基本方針を変更して国民を惑わせる事は止めて戴きたい。株式会社であれば倒産の責任は最終的に株主が出資分だけ負えば済む事だが、国家運営の失敗→失政は、先の大戦で国民が背負った苦難を考えれば理解出来よう。末代までも全国民を不幸のどん底に引きずり込むばかりでは無く近隣諸国にさえも計り知れない打撃を与えてしまう。日清戦争(明治27年1894)に勝利し、馬関条約締結後、日露戦争(明治37年1904)から大東亜戦争敗戦に至る1905年から1945年)日本史上異胎の40年と云われる過ちは、陸軍参謀本部に依る持つ事さえ許されていない「統帥権」の乱用と僅か数名の政権担当者の国力を過信した判断に依る失政が元凶である。、日清戦争の勝利は清王朝の乱れとアヘン戦争とアグイン条約に伴う西欧諸国による彼の国の植民地化に伴う内部事情が全てであり、日露戦争の勝利も、赤化に伴う帝政ロシアの混乱に乗じての勝利で、決して我が国の戦力が特別に優れていた訳で無い事は明瞭である。鎖国を解き開国を試みた徳川幕府に反意を顕わに攘夷を掲げる薩長土連合が倒幕に成功し、攘夷を旗印に幕府と戦った薩長連合は、其の舌の根の乾かぬ内に、臆面もなく夷国と称する西欧を真似た連合政府を設立し、明治維新を成し遂げた。その後、内政も整わぬ内、充分な準備もない侭戦った日清、日露の戦に勝利した事で国力を過信し中国に満州国を設立し、更に世界の1等国を夢見て先の大戦に臨み、惨憺たる結末を招いた。

昨今の政治状況を鑑みるに、往時に郷愁を覚え、戦後レジュームとの決別を唱える政権担当者は多くの憲法学者の意見にも耳を傾けず「閣議決定」の憲法解釈を押し通し、同盟国と手を携え世界の隅々に迄派兵し、往時の「統帥権」まがいに国民の生活を蔑ろに世界のリーダーたらんとする危うさにはこれでも法治国かと不安を覚える。

    
統帥権干犯問題 → 明治憲法(大日本帝国憲法)には、11条「天皇ハ陸海軍ヲ統帥ス」第12条「 天皇ハ陸海軍ノ編成オヨビ常備兵額ヲ定ム」とある。=之を天皇の統帥権編成大権と云う 天皇だけが持つと定められた11条「統帥権」及び12条「軍の編成大権」を陸軍参謀本部は「天皇の意志を代行して軍を統帥及び編成する処」と手前勝手に解釈して、政府の干渉なしに軍を統帥し、編成し行使出来る様にした。その結果が先の大戦に繋がって行った。


(no2) 戦後レジュームより脱却して何処へ?→アンシャンレジューム? [政治]

アンシャンレジューム Ancien recime=フランス革命以前の体制(革命後旧特権階級の一部に革命前の体制を懐かしみアンシャンレジューム回帰を望む者が有った。

日本の戦後レジューム=第2次世界大戦後の体制=民主主義。思想言論の自由。非戦等々で、民法の「私権は公共の福祉に遵う」は当然ながら最高法規憲法で国民個々の権利が国家の権利より優っている事を規定している。→ 如何して脱却する必要があるのか?                  軍の一部が暴走し、近隣国が受けた諸々の被害国中、最大の被害国である中国の周恩来首相は「日本国民も又同じ被害者である」とが云われ、日中平和友好条約を締結された。又、近隣の或る国は一時我が国に統治された経験を統治後70数年を経た現在でも首相が替わる度び謝罪を要求し続けている。例え一部の者が犯した罪で有っても、相手の心済むまでは決して許される事では無い事は自明の理である。処が、之が理解出来ないのか?或いは戦前祖父が大臣をされていた時代の再来を望むのか?国際情勢が厳しい事を理由に最高法規憲法迄犯して「安全保障関連法案」を急遽多数の横暴で可決し、=「海外派兵」「駆け付け警護」等々・・・・・再び軍靴の足音が辺りに聞こえて来る様だ。又、「意の儘にならぬ放送局の電波をシャットダウンする」と云う側近の大臣迄現れ、=「表現の自由」処か、「思想言論の自由」まで奪われ兼ねない。場合に依っては戦前回帰であの恐ろしい公安の出現も?・・・・・・・・・・・・ 戦後レジュームよりの脱却とは?この様な事だったのか?アンシャンレジューム→戦前の体制に回帰する事だったのか?と臍を噛む思いだ。                                                                 「美しい国ニッポン」=とても好い響きだ。之に騙され、どの様な国作りを目指すのか解らぬ侭、政権を委ねてしまった我々の行為が此の国の行方にどのような変化を齎すのか・・・・・・・


憲法第九条 [政治]

     
第一項)日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
第二項)前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権はこれを認めない。

この条文をどの様に読んだら集団的自衛権を認め、海外に自衛隊を派遣し、同盟国の軍隊を守り、駆け付け警護までする解釈が出来るのか?理解に苦しむ。歴代内閣は国際法との関連で「専守防衛の為に個別的自衛権の行使は出来る」が「他国に協力して集団的自衛権の行使は出来ない」と解釈し、此の国の平和と繁栄の礎を築いて来ました。処が、多くの憲法学者の違憲論に耳も傾けず、大多数の国民の反対も押し切り、唯一介の内閣が国家の最高法規を曲げて解釈し閣議決定のみで「集団的自衛権行使も出来る」として「安全保障関連法案」を国会に提出し多数の力を頼りに可決させてしまった。

処が首相は未だ「私の在任中に如何しても憲法改正を果たしたい」等と宣う。ご自身が思考停止状態に陥る事なく憲法のどの部分をどの様な理由でどの様に改訂したいのか詳しくご説明戴きたい。

既に、此の国の憲法は煩わしい手続等して改正せずとも、閣議決定で如何とでも解釈出来る様に変えてしまっているのでは?




戦後レジュームから脱却して何処へ向かう? [政治]

私達は今から約70年程前に新憲法を制定し、旧体制(戦前のレジーム)に決別し新しい国になることを誓ったた。之が戦後レジーム(戦後体制)である

此の新しい憲法に依る新体制の下で、我が国は国民一人一人を大切にする新しい日本に生まれ変った。国家権力に依る国民の教育や思想への介入も禁止した。又、海外で軍事力を行使する事もくい止めて来た。新憲法で国家権力を縛り、私達国民一人一人の権利や自由を守り、此の国の平和も守られてきた。戦後レジームから脱却すると云う事は、之等の価値を全て否定し、何処へ行き何を企むのか?理解できない。

先日、司馬遼太郎さんの没後20年を記念しNHK.TVで「この国のかたち」が放映された。 其の機会に同書を再読してみた。読み始めると間もなく...第1巻3.章”雑貨屋の帝国主義”で、以下は夢だったのかどうかは、わからない。としつつも、俺は「日本の近代」だと言い、それも1905年から1945年迄(日露戦争の勝利から太平洋戦争敗戦迄)の「俺を40年と呼んでくれ」と云っている「異胎」との逸話が出てくる「君は生きているのか」との問い掛に「俺は死んだと思っている。しかし見る人によっては、生きているだろう、もっとも人里へ降りて行って害をもたらすということはもうあるまいが」といった場面がある。そして、歴史もまた1個の人格として見られなくもない、日本史はその肉体も精神も十分に美しい。ただ、何かの変異がおこって遺伝学的な連続性を失うことがあれば「おれがそれだ」と此の異胎は云うのである。と繋がる。

日露戦争後5年にして韓国を合併し、独立を奪い、軍の一部に過ぎない参謀本部が天皇でさえ行使した事の無い統帥権を行使できると錯覚し、満州国を建国し、日中戦争に突入し、近隣諸国から爪弾きにされつつも列強を相手に大戦に臨み敗戦を迎える。果たして、此の「異胎」の「40年」(美しい日本の歴史が突然変異した日露戦争勝利から第2次世界大戦敗北迄)が向かうべき美しい国であって、戦後レジュームから脱却して向かうべき処なのか?この国のかたち」の作者に変り私は問いたい。