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青葉城 [被災地]

vcm_s_kf_repr_832x624.jpg青葉城址公園も震災の被害が多少あり修復中でした。

供養塔 [被災地]

vcm_s_kf_repr_832x624.jpg日和山には津波に流され命を無くした方の供養塔が立ち、花がたむけられ、訪れる人が絶えない。

日和山 [被災地]

vcm_s_kf_repr_832x624.jpg港のすぐ前の「日和山」には、嘗て社が建ち、漁民の信仰を集めていた。だが、今は僅かに祭神の御名を記した柱が立つのみ、社は影も無い。然し、あの大津浪にめげずに残った松が一本青々と茂っていた。


閖上(ゆりあげ)港 [被災地]

vcm_s_kf_repr_832x624.jpg嘗ての賑わいの跡さえ見出せず、津波に破壊された侭、復興の兆しも見えぬ閖上港。此処で生きた漁民の生活は?

閖上中学校 [被災地]

vcm_s_kf_repr_832x624.jpg津波から逃れる為の数少ない場処であり、多くの住民の命を救った「閖上中学校」は未だに地区住民が此の地に戻る事が出来ず、当時のままの姿で荒野の中に寂しく残されていました。

閖上地区 [被災地]

vcm_s_kf_repr_832x624.jpg嘗ての美田は荒涼たる広野に変わり果て、住宅跡は土台を残すのみ。大津波から一年半も過ぎ、復興予算も一九〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇円を計上したと云うに、未だ瓦礫が撤去されただけでした。政府や宮城県、名取市ではこの地域にどの様な計画が有るのでしょうか?


津波を堰き止めた国道 [被災地]

vcm_s_kf_repr_832x624.jpg地区を横断する国道が走り、ドライヴァーさんの話では此の国道が津波を堰き止める役目を果たしたとの事でした。公共投資も、場合に依っては「BバイC」だけでは測れない事を実感した。

空港線「名取駅」 [被災地]

vcm_s_kf_repr_832x624.jpg閖上港は80歳に近い老人が徒歩では無理と云われるので、地元のタクシーに案内して戴いた。
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