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本場所の桟敷がこんなに寂しいのは? [大相撲]

テレビ桟敷で4日目の大相撲を観戦しました。秋、9月場所(両国)と云うに、観客は疎でした。そんな中に、精進の跡が伺える好取組も何番か見せて戴き堪能致しました。然し、中には神聖な仕切りでさえ喧嘩腰な力士も散見され驚かされました。国技である相撲道では、優雅な奥ゆかしさを尊び、「心、、技、、体、」と云って、先ず「心」が第一番に挙げられ、神を敬い、礼を重んじ、「心」を鍛える事が第一義とされます。之を知らない力士が、唯、「技と力」だけの喧嘩まがいの取り口になるのも止むを得ない事かも知れません。然し、此の国の観客は決して其の様な相撲等を期待していません。 高校野球では多くのフアンが甲子園に押し寄せます。プロ野球では確りしたフランチャイズ制を敷いたパシフィックリーグに軍配が上りました。サッカーも同じです。観衆が集まるには理由が有ります。其々郷土の応援が大きな理由です。

昔から大相撲フアンなら誰もが郷土出身力士の所属部屋や番付に興味を持ち、場所ごとの番付表の配達が待ち遠しくも有りました。そして、地方巡業を首を長くして待ち、何時の日か本場所で郷土力士の晴姿を見るのが夢でも有りました。祭りには村を挙げて鎮守様の少年相撲に熱中し、興奮し、子供達は村内の横綱に憧れたものです。少年時代の此の憧れが大相撲愛好家を育てたのです。郷土出身の力士が少ない、外国人力士がこんなに多い大相撲に相撲フアンが興味を示さないのは道理です。国民に愛されずして何で国技と云えますか?大相撲の観客動員数が少ないのは?根性と素質のある外国人力士を入門させ、部屋を強く大きくする事が国技を隆盛させる事に繋がると考える親方衆の責任です。全く勘違いも甚だしい。之では大相撲に興味のある有望な此の国の少年達は力士になる事を嫌います。観客も動員できません。相撲人気に水を差します。

大相撲人気が之程地に落ちたのは、決して野球賭博や八百長相撲の所為ばかりでは有りません。外国人力士ばかりが目立ち、上位に居並ぶ大相撲を誰が国技だなどと認めますか?国際化し外国から多くの観客が国技館に押し寄せ、連日満員御礼でも出る様にならない限り、大相撲はこの世から葬り去られてしまいます。


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