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歴史を考える…再び過ちを犯さぬ様・明治維新を見直そう・・・ [近代史]

私達が学んだ歴史では薩長連合は攘夷を唱え開港に反対し、王政復古を旗印に庶民を巻き込んで倒幕し、自前の新政権を立ち上げて、明治維新を成し遂げた。更に、富国強兵を唱え、日清、日露、の戦いに勝利し、大東亜戦争に突入した・・・。であるが、日清、日露の戦いから大東亜戦争(第2次世界大戦)敗戦に至る間は司馬遼太郎が著書「此の国のかたち」に、日本の歴史上「異胎の40年」と表現されている、・・・即ち、長い日本の歴史上、此の国が辿って来た有様とは全く異なる40年・・・即ち、全てが戊辰戦争勝利の「勝てば官軍」の理屈が罷り通った期間・・・、其の陰に活躍した維新の立役者と云われる数々の英雄が・・・果たして如何なる者であったのか?・・・多くの疑問が残る。・・・

明治維新は尊王攘夷を唱える薩、長、土、の下級脱藩浪士達(現在で言うなればテロリスト達)が幕府及び譜代大名の弱体化に乗じ日米修好条約に基づく開港にクレームを付けて、運よく倒幕に成功し・・・、当時彼等の戦力及び資金力を幕府方と比較して彼等・薩長土連合の勝利は運を除い考えられない)・・・王政復古を名目に天皇の名を語る自前の政権を立ち上げたに他ならない。・・・そして、旗印であった尊王攘夷を翻し、夷国・西欧の制度を真似た自前の政権を立ち上げ、臆面もなく鹿鳴館に代表される上辺だけの西欧文化に現を抜かす体たらくを演じた。・・・更に日清、日露戦争の勝利を、国力に依ると過信してしまった事である。・・・日清戦争の勝利はアヘン戦争及び、アグイン条約に伴う露国及び西欧諸国による植民地化と清王朝の乱れ等相手国の内部事情が全てであり、日露戦争の勝利も又、赤化に伴う帝政ロシアの混乱に乗じての勝利で、決して連合政府率いる我が国の力が優れていた訳で無い事は明白である。・・・之等の勝利は全て“漁夫の利”で有ったのだが、実力と思い込んだ陸軍参謀本部は当時天皇だけが持つとされた「統帥権」迄を干犯し、為すが儘に大陸に出兵し、満州国を建国し、朝鮮半島も含め配下に収め、更に世界の一等国たらんと夢見て先の大戦に臨み惨憺たる結末を招いてしまった。・・・ 之が戦前のレジュームであり、司馬遼太郎氏の云う「異胎の40年」の根幹である。戦後レジュームより脱却して何処に向かう?・・・「異胎の40年}に向うのであれば「悪夢再来」と云うより他は無い・・・敗戦に依り、漸く我が国本来の歴史に繋がる機を織る機会が到来したと云うに・・・