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少子高齢社会の行く末 [福祉]

私達、高校の同期生7~8名のグループは現役時代には自営に、官公庁に、民間企業にと立場こそ違え互いに協力し合い、其々、地域社会に些かなりとも貢献して来たと自負しています。そして、定年を境に傘寿を過ぎた現在でも年に3~4回は連れだって優雅に国内旅行を楽しんでいます。 然し、此の様な事の出来る社会はそう長くは続かない。・・・・2015年の介護保険制度改定で、一定額以上の所得を有する者は利用料の自己負担が1割から2割になり、部屋代や食費等の補助対象要件も厳しくなった。・・・・之等利用者負担増の影響について、全国7705ヵ所の特養にアンケートした結果が、本日の朝刊に掲載されていた。101施設で「利用料の支払が出来ず退所する者が出た」311施設で「配偶者が生活苦に陥った」206施設で「利用料の滞納者が増えた」との回答が有ったとある。…・其の上、之だけはと頼りにしている年金は下がる一方・・・・いつまで生きているんだ!いい加減にしてくれ!と云わんがばかりの対応だ。
内閣府発行の高齢者白書によれば2060年の此の国は2・5人人が65歳以上、人に人が75歳以上の超高齢社会を迎えるとある。・・・・現状のまま推移する先の社会は、年老いた者など介護する余裕さえない楢山節孝の世界になっているだろう。                      北欧の福祉国家スエ―デンの首相経験者で経済学者でもあるラインフェルト氏は、やがて私達の半数は、100歳迄も生きる様になるだろうと予言している。若し、其の通りになり、そして、少子化が更に進めば姥捨て山に捨てに行く者さえ居なくなる。                    若し、私達が100歳迄も生きたなら…・平成47~8年(2035~6年)頃…・年金は更に減り、介護費用は鰻登りになっている。子供達も定年を過ぎ、介護する者など何処にもも居ない高齢老人ばかりの社会となる。誰にも頼らず消え去る努力をする以外に道はない。息を引き取る間際迄健康を保つ努力は当然だが、そう思い通りには行くまい、年金が減額され、医療費の自己負担割合が増えた分、病床に就いてから臨終迄の生活(療養)費を補う蓄えも必要である。‥‥然し、其の様な余裕は更々無い。‥‥だが、例え、金銭を支払う余裕が有っても看てくれる者など何処にも居ない社会になっているかも知れない。‥‥安楽死だけが一縷の望み。行政が孤独死対策だけに追われる時が間もなくやって来る…・其の時になってからでは手遅れで、孤独死対策さえ出来ない社会になっているだろう。