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行田に行ってみませんか [旅行]

9月28日AM9時JR上野駅6番線ホームに集合して埼玉県は行田市に旅をした。行田駅で列車を降り空を仰ぐと、妙に明るく、広く、高く感じた。決して久し振りの好天の所為ばかりでは無さそうだ。不思議に思い乍ら駅前の停留所で市内循環バスに乗り替えた。窓外に走る景色を眺めていると、家並みが低い。2階以上の建物が少ない。此の辺りは荒川と利根川に挟まれた低地帯で小高い丘も見当たらない。只、平坦な道路が延々と続く、勿論、高層ビル等も見当たらない。其れで空が明るく、高く、広く感じるのだと解った。いつも脳天から押さえ着けられる様な生活をしている者にとっては限りなく羨ましい風景だ。狩猟から農耕の時代へと時が移り、両河川が運ぶ肥沃な土に恵まれた此の地に住んだ者の中に、あの古墳に葬られる様な豪族が現れた事も亦、むべなるかな......である。等々市内循環の小型バスに揺られ乍ら瞑想する内に「埼玉県名発祥の碑」が傍に立つ「さきたま史跡の博物館」に到着した。 
 
此処では「さきたま古墳群」の埴輪や稲荷山古墳から出土した国宝の金錯銘鉄剣等を拝観し、忍城水攻めに際し僅か5日にして築いたと云われる石田堤の一部を散策し「さきたま古墳群」迄足を延ばし、三成が布陣した大きさ日本一と云われる円墳、丸墓山古墳に登った。国宝の鉄剣が出土した稲荷山古墳を始め数か所の古墳群を眼下に収め、遥か彼方に忍城を望み、在りし日に此の地に栄えた豪族や成田一族の栄枯盛衰に思いを馳せた。朝食を早めに済ませた事もあり、稍々空腹も覚える。次のバスまでは少々時間も有るので、タクシーを呼び食事処に向かい当地のB級グルメゼリーフライ」に舌鼓を打った。昼食後は再び循環バスで「行田市郷土博物館」えと向った。此処は嘗ての忍城跡に城の本丸を模して建てた鉄筋コンクリート3階建で、古墳時代から現代に至る当地の伝統と文化を広く市民に伝える目的で、昭和63年に開館さたれた博物館である。展示室には当地所縁の縄文土器や須恵器を始め、嘗ては忍城の本丸を飾ったであろう甍や鯱鉾及び忍城武士が着用した刀剣甲冑類等の他、行田と云えば足袋、足袋に関する多くの展示がされていた。天保、弘化(約170年前)の町明細図には、約1割が足袋関連の職業であったと記されている。その他、行田市の文化や歴史を物語る品々が広く展示されていた。興味深い展示が多くあり、隈なく見て回ったので此処を離れた時は既に午後4時を廻っていた。そぼ降る雨に携帯の傘を翳し、町なかを見物し乍ら徒歩で秩父鉄道は行田の駅へと向い帰路についた。



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