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人類の未来に明るい灯を [科学]

古代人は2足歩行が出来る様になると、空いた手で物を作り、狩や農耕を覚え生活を容易にした。そして他の動物達が最も恐れた火さえ制御する術を知り、煮炊きを覚え生活を豊にして行った。やがて其の火で水を沸騰させ、蒸気機関や、発電に結びつけ大きなエネルギーを手中に収め、現代の繁栄を築いた。

他の動物達が恐怖の余り火を遠ざけ、繁栄の道を閉ざしたと同様に現代人も原子の火を恐れ遠ざけるばかりでは明るい未来は拓けない。核分裂に依る巨大なエネルギーを安全に制御する術を手中に収め、初めて飛躍的に未来が拓けて行くものと思う。勿論、使用済み燃料の安全な処理を始め、原子力事故を未然に防ぐ諸々の技術を開発し習得する事こそが求められる最重要課題である。新たな化石燃料や風力、太陽光、地熱、等のエネルギーは原子力安全利用の技術を手中に収めるまでの一時凌ぎに過ぎない

原爆により核の恐ろしさを体験した世界で唯一の国日本が、平和利用と云う美名に惑わされ、物欲に眼が眩み使用後燃料の処理や事故の対策を持たぬ儘、此の狭い国土に...何と五十数基もの原子力発電設備を稼働させていた。そして1911311日のあの事故である。其の後2年半も過ぎた現在も収束が付かない侭、放射能の拡散は続いている。

事故以来原発を原則停止し、現在稼働中の原発は零である。それでも我が国の電力は賄えている。其れなのに何故今更原発か?

其れは例え此の国が脱原発を実施しても、隣国の中国や韓国は増設を公表している中国や北朝鮮に到っては、核武装も進行中だ。上空に偏西風が流れる立地上、万一の場合には、被害が此の国に振りかかる事は明白である。原発廃止や脱原発を唱える識者達は之にどう対処するお積りか?

東北地方大震災福島第一原発事故発生時には全世界から多くの御支援を戴いた。政府は、自国の技術を信頼せず、米仏両国の技術頼みで原子炉冷却と放射能低減作業に依る事故の収束を図った。其の後、之等をスペアーに廻し、東芝製のサリーで冷却水還元と純化に当たって居た。処が之も故障し汚染水処理が出来ない状態になっている。スリーマイル島事故後、暫く建設を停止していた米国も原発再開を宣言している。今更、脱原発等と声を荒げ、人類が叡知を傾け開発した第3の火を消し、輝かしい未来を葬り去る事の無い様に心掛けたいものである。                                                                             現在考えられている核燃料リサイクルは既に破綻している。原発は停止していても莫大な経費が懸って居る。加えるに廃炉に懸る年月や費用、使用済み燃料をリサイクルせず保管するにしても、其れに関わる諸々の問題が山積している。原子力規制委員会が発足して今日で1年を迎える。人材教育まで手が回らないと云う。活断層の判定でさえ専門家同志異なる意見を持つ。然し

我が国の研究や利用技術は世界でも先端をゆく。研究機関の人材や学者を総動員し、唯、事故対策だけに終わらせる事なく、此れまでに積み上げて来た研究や利用技術を更に進化発展させ、安全で効率の良い原子力発電の装置を完成する事こそが我が国に与えられた使命である。完成の暁には隣国からの放射能禍も勿論解消され、此の国の技術を信頼し原発の輸入を計画している国々や、大震災時に積極的に支援の手を差し伸べてくれた国々への恩返しにもなる様に思う。
よりもpm2.5等に依る環境汚染や温暖化等で気象を激変させ地球環境を破壊する化石燃料の時代を早く卒業し、人類の未来を拓くクリーンで安全で巨大なエネルギーを持つ第3の火を灯す事が求められる。      平成13年9月19日so-netblogより再掲載 




イーハトーブへ心象スケッチの旅 [旅行]

各地に起きている地球規模の巨大震災、温暖化に伴う異常気象、エネルギー問題と原発不安、互いに認め合えない国際間紛争、エボラ出血熱等の感染症、等々、近頃の世相は、唯、[不条理]だけでは言い尽くせない、坑い切れない不安と焦燥感に満ちている。危険ハーブ、幼児虐待、無差別殺人等もこれらの不安と焦燥感に耐え切れない人々の心の現れと云えなくもない。賢治が存命ならば現在此の世界に起きているこの様な現象をどの様に理解し表現しただろうか?                  「俺は一人の修羅なのだ!」

敗戦で古来より伝わった日本人の心を棄てさせられ、新民法の「核家族制度」の下、若者は結婚して子供が欲しくても保育所不足で諦め、老人は特養にも入れず、老々介護に明け暮れる。こんなに我慢しても国の借金は増えるばかりで、先行きの不安は増すばかり。アベノミックスなんかで弱者は救えない。弱者が救えない政治は、不信に直結する。そして、行き場を失い、無秩序で混沌とした弱肉強食の世界に引き込まれて行く?日本人の心がこんなに病んだ時代が有ったろうか?
哲学者梅原猛氏は「近代がどうにもならない壁にぶつかり喘いでいる事実を多くの人が素直に感じる様になれば、賢治の作品は来るべき新しい世界への導きの師となるだろう。近代日本文学の中で、新しい世界へと人々の心を導く灯になるような作品は他に見当たらない。「賢治の作品に対する理解が深まり、現代の日本人が新しい世界へと向かう精神的な支えになる事を期待する」と論じている。                                            (20148月私のso-netブログの記事再掲上


憲法第九条 [政治]

     
第一項)日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
第二項)前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権はこれを認めない。

この条文をどの様に読んだら集団的自衛権を認め、海外に自衛隊を派遣し、同盟国の軍隊を守り、駆け付け警護までする解釈が出来るのか?理解に苦しむ。歴代内閣は国際法との関連で「専守防衛の為に個別的自衛権の行使は出来る」が「他国に協力して集団的自衛権の行使は出来ない」と解釈し、此の国の平和と繁栄の礎を築いて来ました。処が、多くの憲法学者の違憲論に耳も傾けず、大多数の国民の反対も押し切り、唯一介の内閣が国家の最高法規を曲げて解釈し閣議決定のみで「集団的自衛権行使も出来る」として「安全保障関連法案」を国会に提出し多数の力を頼りに可決させてしまった。

処が首相は未だ「私の在任中に如何しても憲法改正を果たしたい」等と宣う。ご自身が思考停止状態に陥る事なく憲法のどの部分をどの様な理由でどの様に改訂したいのか詳しくご説明戴きたい。

既に、此の国の憲法は煩わしい手続等して改正せずとも、閣議決定で如何とでも解釈出来る様に変えてしまっているのでは?