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世界のリーダーで無くとも国民に幸せを [政治]

私達の国は経済成長の時代に終りを告げ、既に成長より配分を重視する成熟社会に突入している。にも拘らず、未だに経済成長を夢見てトリクルダウン等到底望めないにも関わらず、経済成長を基本政策に掲げ、貧富の格差を益々拡大させている。更に、最高法規の憲法を犯して迄も強引に安保関連法案を可決し、同盟国と共に世界の隅々に迄派兵し戦いを挑む準備を整えている。之では司馬遼太郎氏が著書「この国のかたち」の中で”日本史上に顕われた異胎の40年と云はれた”あの恐ろしい時代に歴史を逆戻りさせてしまう。国家の運営はビジネスとは異なる事を実感し、軽々しく歴代の内閣及び政権政党が護ってきた基本方針を変更して国民を惑わせる事は止めて戴きたい。株式会社であれば倒産の責任は最終的に株主が出資分だけ負えば済む事だが、国家運営の失敗→失政は、先の大戦で国民が背負った苦難を考えれば理解出来よう。末代までも全国民を不幸のどん底に引きずり込むばかりでは無く近隣諸国にさえも計り知れない打撃を与えてしまう。日清戦争(明治27年1894)に勝利し、馬関条約締結後、日露戦争(明治37年1904)から大東亜戦争敗戦に至る1905年から1945年)日本史上異胎の40年と云われる過ちは、陸軍参謀本部に依る持つ事さえ許されていない「統帥権」の乱用と僅か数名の政権担当者の国力を過信した判断に依る失政が元凶である。、日清戦争の勝利は清王朝の乱れとアヘン戦争とアグイン条約に伴う西欧諸国による彼の国の植民地化に伴う内部事情が全てであり、日露戦争の勝利も、赤化に伴う帝政ロシアの混乱に乗じての勝利で、決して我が国の戦力が特別に優れていた訳で無い事は明瞭である。鎖国を解き開国を試みた徳川幕府に反意を顕わに攘夷を掲げる薩長土連合が倒幕に成功し、攘夷を旗印に幕府と戦った薩長連合は、其の舌の根の乾かぬ内に、臆面もなく夷国と称する西欧を真似た連合政府を設立し、明治維新を成し遂げた。その後、内政も整わぬ内、充分な準備もない侭戦った日清、日露の戦に勝利した事で国力を過信し中国に満州国を設立し、更に世界の1等国を夢見て先の大戦に臨み、惨憺たる結末を招いた。

昨今の政治状況を鑑みるに、往時に郷愁を覚え、戦後レジュームとの決別を唱える政権担当者は多くの憲法学者の意見にも耳を傾けず「閣議決定」の憲法解釈を押し通し、同盟国と手を携え世界の隅々に迄派兵し、往時の「統帥権」まがいに国民の生活を蔑ろに世界のリーダーたらんとする危うさにはこれでも法治国かと不安を覚える。

    
統帥権干犯問題 → 明治憲法(大日本帝国憲法)には、11条「天皇ハ陸海軍ヲ統帥ス」第12条「 天皇ハ陸海軍ノ編成オヨビ常備兵額ヲ定ム」とある。=之を天皇の統帥権編成大権と云う 天皇だけが持つと定められた11条「統帥権」及び12条「軍の編成大権」を陸軍参謀本部は「天皇の意志を代行して軍を統帥及び編成する処」と手前勝手に解釈して、政府の干渉なしに軍を統帥し、編成し行使出来る様にした。その結果が先の大戦に繋がって行った。


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センニン

ご訪問 & nice! ありがとうございました。
またお邪魔します。
by センニン (2016-05-07 22:16) 

lamer

確かに言われてみれば漁夫の利で軍事力の過信が戦争へ走らせたと。
しかし、それで何を学んだか?
国民は平和の素晴らしさを学んだでしょう。
でも、現在の政権は学ぶ事を拒んで又過去に戻ろうとしている。
何のために経済発展のために戦争への道を進もうとしている。
命は金では買えません。
命を金で買おうとする考えは間違っています。
何処までも話し合いで行ってほしい。
戦争主義で外交をしないで、平和主義で外交をしてほしい。
そんな政権になってほしい。
by lamer (2016-05-10 18:03) 

lamer

世界のリーダーなんておこがましい。
もっと謙虚な日本であってほしいです。
by lamer (2016-05-16 18:42) 

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