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成熟社会に即した年金制度改定が迫られる! [社会保障]

我が国の平均寿命は男性が80歳、女性は87歳と長寿になった。定年が60歳は余りにも早過ぎ、定年後の人生に不安が付き纏う。まだまだ元気に働ける働き盛りの熟達した労働力を定年と称し早期に退職に追い遣り、其れまで働いていた社会から追放してしまう。之は国家的にも大いなる損失であり、人生85歳時代に於ける制度上の欠陥でも有る。此の様な制度は早期に改訂し、近い将来にやって来る労働力不足に備える事が急務ではなかろうか。                                               定年後20年~25年も悠々自適に年金だけを頼りに余生を送る者等極僅かである。而も、其の様な生活では元気な躯を持て余し、置かれた場所で余計な事に迄口を出し不和の元凶を作る。挙句の果てに、キャリアや能力を無視した意にそぐわぬ再就職をし、劣悪な労働条件の下に働く無気力な高齢者ばかりが急増する。我が国の人口は、2060年には現在の約3分の2の約8700万人に減り、其の約4割が65歳以上になると推計されている。労働力が激減する時代が間も無くやって来る。政府は、外国人労働者で其れを補う事を模索するが、果たして問題は無いのだろうか?欧州諸国では外国人労働者の不正労働や犯罪が多く移入を規制する方法を「日本に学ぶべき」と検討する国も有ると聞く。

「ライフワークバランス」

現在の年金制度は人生60年時代の遺物である

其の時代は18歳で就職、50歳で定年である。32年間年金を積み立て10年間の年金生活だが、寿命85歳の現在で60歳定年では42年間積み立て25年間の年金生活である。当然、従来の様な額の年金を受け取る事は不可能だ。働いて年金料を収める期間」と「定年後年金を受け取る期間」のバランスを考えても、寿命が伸びた分、定年を延長し積み立て料を増やすか年金支給額を減らすかしかない。若者達は自分達の定年後に果たして年金が受け取れるか如何か疑問を抱いている。次代を担う若者達だけに重荷を背負わせる訳には行かないだろう。高齢者も共に背負う覚悟が必要である。長い間の会社人間は、60歳位でサンデー毎日になると地域にも溶け込めず身の置き場にも困り、寂しい余生を送る事に為り兼ねない。働く期間と、定年後の余生のバランスを考慮すれば、ラインフェルト提言にある様に75歳位迄定年を延長する設計の年金制度が必要になるのではないか?

年金支給開始年齢を自動的に70歳~75歳選択制にしても、働く期間の社会保険料等は勿論、徴収する。尚、改訂された派遣法を考慮すれば、非正規労働者は今後益々増加する。其の中には多くの若者も含まれるだろう。彼等は社会保険料等を天引きされると手取が減り現在の生活にさえ支障を来たすので、先の見えない社会保険等には加入しない。其れで雇用主も社会保険料の二分の一負担を免れる。必然的に加入者は減り、働く者の多くが加入しない社会保険等成り立つ筈も無く、社会保障のセィフティ-ネットは消滅してしまう。雇用する側の負担増対策も考慮する必要もあるが、彼等の将来を想うならば例え短期間の非正規労働者と雖も全員社会保険及び厚生年金の加入を義務付ける必要がある。若年労働者が不利益を被る事の無い様、早期に制度改定をし、改訂した年金制度への移行は新規加入者からとし、当分の間、新旧2制度を並行運用しなければならないと思う。然し、之で我が国の年金制度の維持も、若者の持つ将来への不安も取り除けるのではなかろうか。(四辻の狸)




少子高齢化のスエ―デンに学ぶ5・6・ [社会保障]

5・何故?75歳まで働く社会の提言か

ラインフェルトは、年金給付の財政への圧迫に対する危機感のみから、75歳年金支給開始年齢の引き上げに言及した訳ではない。福祉の削減のみが発言の真意ではない。それ以上に、元気な高齢者やりがいを持って働いて貰える社会を創ろうとの考えである。その為に、国民に「働く事の意識改革」を求めたのだ。ラインフェルト首相曰く「スウェーデンの平均寿命は延びる。現在生まれた人は、恐らく2人に1人は100歳位迄生きる様になるだろう。平均寿命が大きく変り、元気に働ける健康寿命も大幅に改善される。其の様な時代に福祉国家としてのスウェーデンを維持するには、国民の働き方を変えなければならない」

6誰もがやりがいを持ち働ける社会の構築を!

その為には、働く人達の多様なキャリアパスを受け入れる体制を整える事だ。例えば55歳で会社を辞めて次の20年の為に勉強をして再び新たな会社に入る。そうした事が当たり前になる社会を創ろうと云う事だ。国民が75歳迄働く事になれば、企業も55歳から75歳迄の従業員の活用方法を編み出すだろう。ラインフェルトは以上の様な考えで、年金支給開始年齢引き上げを提言したのである。スウェーデンは共生の社会である。人と人との繋がりを大切にしている「連帯」の国だ。定年退職してしまうと、多くの人は今迄の社会との繋がり、人との繋がりを失う事になる。定年制や公的年金制度は必然的に個人を社会から切り離してしまう制度だとも言える。国民の「連帯」と定年制、公的年金制度は、矛盾する。働く事を通して、人と人とが結び付きを強くする社会では、定年制、公的年金制度は必要ない。年金支給開始年齢を75歳に引き上げる提言内容を良く読むと、その様な彼の思いを読み取る事が出来る。


以上は北岡孝義教授著『ジェネレーションフリーの社会』を私なりに抜粋し、読み起こしてみました。           福祉国家として確固たる地位を築いたスウェーデンの経済学者でもある前首相ラインフェルトは、高齢化社会に対応する年金制度の在り方を此の様に考え提言したのだと思う。我が国の年金制度改定を考えるにあたり参考になる提言でもあるのではないか。


少子高齢化のスエ―デンに学ぶ3・4・ [社会保障]

3年金制度改革の断行(基礎年金の廃止) 

スウェーデンでも、20世紀後半から少子高齢化が進み、年金支出が徐々に膨らんでいった。1980年代後半に生じたバブルが1990年代初頭に弾け、我が国同様に財政が一気に赤字へと転じた。巨額な財政赤字のもと、公的年金制度を維持する事が困難な状況に陥った。危機感を持ったスウェーデン政府は、持続可能な制度を目指し、1999年に公的年金制度に大ナタを振るった。それは、国民の痛みを伴うものであった。基礎年金プラス所得比例年金の2階建ての年金制度から、所得比例年金のみの年金制度に移行した。高齢者の生活保護的な最低保障年金制度を残しながらも、国民一律の基礎年金を廃止した。 国民に政府の財政状況を訴え、国民の痛みを伴う改革を断行した。国民はそれを受け入れた。世界は、政府に対するスウェーデン国民の信頼の高さに驚くと共に、スウェーデンの公的年金制度改革を称賛した。

4・定年延長提言の真意は?

処が、その公的年金制度は基礎年金を廃止したにも関わらず、再び行き詰まり、20122月、穏健党のラインフェルト首相は、年金支給開始年齢の75歳引き上げに言及した。この発言に対して今度は、国民が納得しなかった。勿論、マスコミや野党も一斉に反発した。そして、政府に対する不信が高まってしまった。

スウェーデンの公的年金には、日本以上に多額の税金が投入されているにも拘らず維持が難しくなってしまった。少子高齢化が進んでいる事もあるが、最大の原因は再びの財政赤字である。リーマンショックや移民の急増等等に依り一層景気が悪化し、財政赤字が再び拡大してしまった。此の侭ではとても公的年金制度を支え切れぬとの危機感から、公的年金への支出を何とか切り詰めたいと考え、首相打ち上げたのが年金支給開始年齢の75歳への引き上げである。此れに国民やマスコミは猛反発した。 ラインフェルト首相の年金制度の廃止に等しいとも取れる今回の発言には、別に真意が有った。然し、マスコミでは、其の真意は報道されていない。

JF・ラインフェルト=経済学者(John Frederic Reinfeldt:スウェーデンの第42代首相(20062014)




少子高齢化のスエ―デンに学ぶ1・2・ [社会保障]

1・成熟社会と年金 

少子高齢化の進んだ成熟社会では、現役世代の労働力が不足し、需要が低迷し、経済は低成長になり、税収は減小する。当然の事だが、高齢者が多く、年金等の社会保障費は増大する。結果、歳入減、歳出増となり、財政は悪化する。そこで、政府は財政立て直しの為に、年金給付額を減らし、高齢者の生活は年金だけでは立ち行かなくなる。 

2・将来に備えて働く意識の改革を!
内閣府『平成26年版高齢社会白書』に依れば2060年には、我が国の2・51人が65歳以上の準高齢者で、4人に1人が75歳以上の高齢者となる超高齢化社会を迎える。今の処其れを打開する方策が殆ど見当らない。其処で、何処か参考になる国はないかと世界を見渡してみると、北欧の福祉国家スウェーデンでも我が国同様に公的年金が財政を圧迫し財政収支が赤字になっている。然し、原因は資産超過でもあり、我が国と較べれば遥かに健全ではある。                                                         出生率も、OECDの「経済協力開発機構」の統計に依ればスウェーデンでは略2だが、我が国では14である。其れでも、彼の国の政治家は少子高齢化に伴う財政赤字を極端に恐れている。    


アメリカファーストと都民ファーストは何処が違いますか? [政治]

最近、大衆迎合のポピュリズムが急激に頭を擡げ、世間を席捲しています。またまた危ない時代に突入して来ました。大衆迎合主義と民主主義は何処が違います?                                 
大衆の悩みや思いに迎合し自分の思う方向に民意を誘導し利用する政治家と大衆の悩みや思いを受け止め其れを分析し、何が真に大衆の為なのかを考え行動する政治家を判別する能力を身に付ける事が必要です。
嘗て、此の国を大戦に導いたお偉方も、同盟国であった彼の国のヒットラー総統も、国民大多数の熱烈な支援を後ろ盾に立ち上がった形で戦争の口火を切った事実を思い起こして下さい。“何でも偉い人の云う事に遵ってさえいれば心配ない”は大変心配です。民主主義が衆愚主義になってしまっては再び同じ過ちを起こす事になる。 

2度と戦火に塗れたく無い人。原発事故で命からがら世の中を逃げ回りたく無い人。どんなに努力をしても報われぬ人。等々・・・・どの党が政権を取っても同じだ”なんて言わないで、選挙は棄権せずに必ず行き投票し、大切な1票に自分の想いを託す事皆んながその様な気持ちになれば此の国も変わる。“国民一人一人の自覚が全てだと思う。

我が国でもテロ等を標的にして、国会で「共謀罪」等が議題に挙がり、嘗て特高等が反政権の会合を取り締まった暗黒の時代を思わせる、どの様にでも活用可能な権力者に都合の良い法律を望む危険な雰囲気が漂って来た。要注意!

「アスリッド計画」に委ねる事は無責任・何故?現文科大臣が責任を取る。 [政治経済]

人類が長い年月を費やし研究を重ね、漸く手掛りを掴んだ「CO²を出さぬ」第3の火が原子力発電である。

が国が保有する原発を継続して使用する「核燃料サイクル」を実施するには「高速増殖炉」を完成させなければならない。既に枯渇状態である「ウラン」を燃料として使用する軽水炉では「第3の火」を継続させる事は不可能である。其の上、我が国だけで既に原子爆弾6000発分に余る大量に蓄積された使用済み核燃料処理も出来ない。と云ってフランスのアスリッド計画に乗ってmox燃料を使う「核燃料サイクル」は我が国の原子炉では危険だ何故ならば我が国の原子炉の大半はmox燃料を使う事を想定せずに作った軽水炉でありmox燃料を使用すると格納容器に迄及ぶ大事故が起こる可能性が非常に高くなると考えられている。れにも拘らずMOX燃料使用による事故の想定が不充分である。此れまでは「格納容器の破損事故は起こり得ない」と云う想定の下で政府は電力会社に対してmox燃料の使用許可をしていた。従って、電力会社では被害規模等の想定すらしていない。

ロシヤでは既に我が国の「もんじゅ」と同型の液体ナトリユームを冷却材として使用する「高速増殖炉」を成功させたと聞く。北方4島返還を期待してロシアとの経済協力を実施するだけではなく「高速増殖炉」の研究も協力して行うべきではないか?自然エネルギ-の再利用も同時に進行すべきだが、其れだけで此の国で使う全てのエネルギーを賄う事は不可能だ。地球温暖化に繋がる化石燃料の継続も既に限界に来ている。然し、無責任に結論ばかり先を急いではならない。

高速増殖炉は資源の乏しい我が国の救世主だ”等と云い燃料の心配は無用だとばかり原子力発電の増設をして来た政権が現在に繋がる与党である。冷却材液体ナトリュームの流出事故を起こし、1万数千箇所にも上る点検漏れを指摘され、1兆円に余る税金を無駄に投入したにも拘らず、20数年間に亘り満足に稼働さえ出来なかった「高速増殖炉もんじゅ」の総括もせず廃炉にする決定をした。新任文科大臣の給与を一部減額する事で済まされる様な問題では無い。国民を馬鹿にする事は止めて戴きたい。現文科大臣の責任では無いだろう。

幸い、大半の原子炉は稼働を止めている。此の機会に改めて「もんじゅ」の総括を徹底し、結果を踏まえた上で改めて国のエネルギー計画全般を根本から見直す必要があるのではなかろうか?


房総の奥座敷-木更津、亀山湖、清水川渓谷 [旅行]

先月下旬、房総の玄関口として新装なった千葉駅に集合、湾岸沿いを走る内房線に乗り換え、伝説の巷木更津へと向かった。此処は東京湾に面した交通の要所で廃藩置県の折一時木更津県の県都ともなった街である。古事記の「君去らず伝説」にもある程、古くから栄えた港町である。-日本武尊は、旅先で美しい弟橘姫と巡り会い后に迎えた。そして蝦夷征伐に向け共に相模の速水から上総へ渡ろうとした折、海神の怒りに触れ俄かに海が荒れ出し、あわや之迄…と思われた時、弟橘媛は、尊の身代わりとなり海に身を投じ難を救った。やがて上総の港に上陸した尊は愛する媛の俤を偲び、何時までも立ち去らなかったという。-之が「君不去」=「きみさらず」=「きさらず」=「木更津」の地名の起こりと伝えられる。尊がいつまでも立ち去らなかった大田山に登り、山頂の「木更津市郷土博物館」に入館し、此の地方に纏わる縄文式土器の発掘された場所や湾岸に栄えた船便の歴史を学び、突端にヤマトタケルとオトタチバナ媛の立像を掲げた「君去らずタワーに登った。此処からは媛が身を投じた東京湾は愚か対岸の相模の国迄見渡せる素晴らしい景観が望める。日本武尊で無くても暫くは立ち去り難い気持になる。

江戸時代になると内房の名だたる港は「五大力船」と称する帆船を有し、江戸との交易が盛んになり、町人文化も流入した。—「しがねえ恋の情けが仇、命の綱の切れたのを、どう取り留めてか木更津から巡る月日もみとせ越し…」のセリフで有名な歌舞伎「世話情浮名横櫛」。これが昭和では演歌となり♪粋な黒塀見越しの松に仇な姿の洗い髪♪の「お富さん」……となる。…与三郎はヤクザの妾お富との密会がバレ全身を切り刻まれ簀巻きにされたが、お富はその場を逃れ、海に飛び込み死んだと思っていたのだが…江戸で質屋の大番頭に囲われ優雅に暮らしていた。其処に「蝙蝠安」と連れ立って昔の男「与三郎」が登場…生きていたとはお釈迦様でもご存事あるめえ…」ってな訳である。その他、木更津甚句は五大力船の船乗の舟唄がもとで、幕末に当地出身の噺家「木更津亭柳勢」が江戸の高座で披露し流行らせ、大正時代に再び当地出身の芸妓「若福」が新橋の座敷で披露し花柳界で流行し全国に広まった。                               ハアー                                                                                                 木更津照るとも東京は曇れ                                                                                       かわい男が                                                                                             ヤッサイモッサイヤレコリャドッコイ                                                                                  コリャコーリャァー日に焼ける                                       

陸路が未発達な時代には 、船旅が主流で、京からは船で相模や江戸へ、そして江戸から川船で利根川を遡るか、相模から海上を上総へ渡り、常陸へ、更に蝦夷松前へと旅をした。木更津は其の要所として賑わった。昭和の後半にはカーフェリーも活躍したが、陸路も館山自動車道圏央道(首都圏中央連絡自動車道)や東京湾アクアラインが交差し湾上には「海ほたる」陸側にはアウトレットモール等も出来て今も交通の要所となっている。話は変るが…・戦後ラジオ英会話平川唯一先生の♪come come everybody…のメロデイが音痴な私には如何しても証城寺の狸囃子」に聞こえてならない…其の「証城寺」や与三郎の墓のある「光明寺」も観光の名所となっている。近頃では「木更津キャッツァイ」や人気ロックグループ「気志團」も此処の出である。先の大田山で時間を取り過ぎ「証城寺や光明寺」は次回にし、此処が始発の久留里線に乗り換え、見頃が十二月初旬と関東では一番遅い紅葉の名所「亀山湖」に向かった。ぶらぶらと辺りを眺め乍ら湖畔に辿り着いた時は既に午後三時を廻っていた。早速、予約してあった湖畔の宿に入り、チョコレート色の美肌の湯に浸かり疲れを癒し明日の紅葉狩りに備えた。

翌朝は、湖上からの紅葉狩りを楽しもうとクルージング船乗り場へと向かう。軽快なエンジン音をバックミュージックに水面と対に映える見事な紅葉に見惚れ、船頭さんの説明も虚ろな囁きに聞こえる様な至極の時を暫く過ごした。其の後、宿の主人のご厚意に甘え「幽玄な秘境」と俄かに有名になった清水川渓谷の「濃溝ノ滝」迄送迎して戴き…嘗て地の農家が用水確保の為手掘りで完成させたと云う「奇跡のトンネル」内を流れ落ちる絶景を鑑賞し、紅葉林の渓流沿いの木道を散策し、再び宿に戻り亀山湖の大橋から鴨川ー千葉間の急行バスに乗り「東京ドイツ村」経由でJR千葉駅に向かい帰路に就いた。


行田に行ってみませんか [旅行]

9月28日AM9時JR上野駅6番線ホームに集合して埼玉県は行田市に旅をした。行田駅で列車を降り空を仰ぐと、妙に明るく、広く、高く感じた。決して久し振りの好天の所為ばかりでは無さそうだ。不思議に思い乍ら駅前の停留所で市内循環バスに乗り替えた。窓外に走る景色を眺めていると、家並みが低い。2階以上の建物が少ない。此の辺りは荒川と利根川に挟まれた低地帯で小高い丘も見当たらない。只、平坦な道路が延々と続く、勿論、高層ビル等も見当たらない。其れで空が明るく、高く、広く感じるのだと解った。いつも脳天から押さえ着けられる様な生活をしている者にとっては限りなく羨ましい風景だ。狩猟から農耕の時代へと時が移り、両河川が運ぶ肥沃な土に恵まれた此の地に住んだ者の中に、あの古墳に葬られる様な豪族が現れた事も亦、むべなるかな......である。等々市内循環の小型バスに揺られ乍ら瞑想する内に「埼玉県名発祥の碑」が傍に立つ「さきたま史跡の博物館」に到着した。 
 
此処では「さきたま古墳群」の埴輪や稲荷山古墳から出土した国宝の金錯銘鉄剣等を拝観し、忍城水攻めに際し僅か5日にして築いたと云われる石田堤の一部を散策し「さきたま古墳群」迄足を延ばし、三成が布陣した大きさ日本一と云われる円墳、丸墓山古墳に登った。国宝の鉄剣が出土した稲荷山古墳を始め数か所の古墳群を眼下に収め、遥か彼方に忍城を望み、在りし日に此の地に栄えた豪族や成田一族の栄枯盛衰に思いを馳せた。朝食を早めに済ませた事もあり、稍々空腹も覚える。次のバスまでは少々時間も有るので、タクシーを呼び食事処に向かい当地のB級グルメゼリーフライ」に舌鼓を打った。昼食後は再び循環バスで「行田市郷土博物館」えと向った。此処は嘗ての忍城跡に城の本丸を模して建てた鉄筋コンクリート3階建で、古墳時代から現代に至る当地の伝統と文化を広く市民に伝える目的で、昭和63年に開館さたれた博物館である。展示室には当地所縁の縄文土器や須恵器を始め、嘗ては忍城の本丸を飾ったであろう甍や鯱鉾及び忍城武士が着用した刀剣甲冑類等の他、行田と云えば足袋、足袋に関する多くの展示がされていた。天保、弘化(約170年前)の町明細図には、約1割が足袋関連の職業であったと記されている。その他、行田市の文化や歴史を物語る品々が広く展示されていた。興味深い展示が多くあり、隈なく見て回ったので此処を離れた時は既に午後4時を廻っていた。そぼ降る雨に携帯の傘を翳し、町なかを見物し乍ら徒歩で秩父鉄道は行田の駅へと向い帰路についた。



先ず「もんじゅ」失敗の責任と原因の追究を [政治]

我が国のエネルギー基本計画の根幹は原子力発電の核燃料サイクルであり、高速増殖原型炉「もんじゅ」はそれを支えるに欠く事の出来ない重要な研究炉である。

然し、其の「もんじゅ」は日本原子力研究開発機構に依り運営され、1994年初臨界の翌年燃料冷却用ナトリューム漏出事故を起こし、更に其の翌年には1万点に及ぶ点検漏れ発覚等トラブル続きで既に1兆円を超える資金投入がされている。そして、未だ殆ど運転実績が無い。而も、運転を開始するには新規制基準に適合させる為に工事費用を更に8千億円要すると云われる。其処で運営主体の変更を各方面から問われるも未だ具体的な選定には至っていない。

其のような訳も有り、官邸筋では之を廃炉にと考えている

我が国のエネルギー政策の根幹である高速増殖炉による燃料サイクル方式を諦め、MOX燃料を使用するプルサーマル方式に基本方針を変更する考えである。

然し、その場合、我が国にはプルサーマル原発炉が少なく、プルトニュームの完全消費が不可能であり、核兵器に利用される疑念を各国に抱かせる。

関係閣僚会議は「もんじゅ」を廃炉にし、燃料増殖の無いフランスの高速炉「アスリッド」計画に資金を提供し、協同研究する方針も検討中と聞くが、此の「アスリッド計画」自体実現性が疑問視されている。ロシアでは我が国と同様な液体ナトリユームを冷却材として使用する高速増殖炉の運転が1段階進んだとの情報もある。政府の高速炉開発会議は従来の方針を抜本的に見直し「もんじゅ」を廃炉にしても、核燃料サイクルの主体となる高速炉の研究開発は維持する予定等と嘘ぶく。廃炉にした場合どの様に核燃料サイクルを見直すのか具体策を知りたい。

其の前に我が国の原発の燃料サイクルが「もんじゅ」の稼働に依って維持されると説明し、一兆円を上回る冗費を費やすことになってしまった原因を究明し、二度と同じ過ちを繰り返す事が無い様にせねばならない。其れもせずに文科省及び通産省を始めとする関係閣僚は先ばかり急いでいる。其れは何故か?

「もんじゅ」を廃炉にした場合には我が国の原発全てを廃炉にする等エネルギー計画を全面的に見直す必要が有るのではないか。此の国の行く末を左右するような大問題であるエネルギー政策を全て他国であるフランス国の研究機関に委ねる様な無責任な結論等出してはならない。




経済も成長期から成熟期へ [政治経済]

 現在、我が国経済の根底に流れる金融緩和は景気上昇を目指して中央銀行が独自に行うカンフル注射の様な役割の対策であり、政府主導の景気対策と相まって始めて効力を発揮する。日銀が物価上昇率2%を目標に金融緩和を実施し、更にマイナス金利策に迄踏み切って約半年になる。それでも此の国の景気は一向に頭をもたげない。


何故ならば政府主導の景気対策が成長期社会で経験し成功した物造り産業に偏り、成熟期社会では需要が旺盛であり欠くことの出来ない介護保育、教育、医療等、人間の生活に直接関連した産業に対して乏しいからである。景気対策は需要の期待される産業に特化し規制緩和を中心に大規模に行う必要がある。


高齢化が極限に達した成熟社会では、関連産業の需要も極限に達する。其の供給が不足すれば多くの社会問題を提起する。一方 需要を満たす供給が確保出来れば、其の効果で内需は活性化し、輸出に頼る経済からも脱却し、財政立て直しの一役を担う事も可能である。  

手厚い老後保障に依り将来(老後)の不安を取り除く事が出来れば、人々は将来の不安に備えるより現在の生活をエンジョイし充実させる事に消費する。結果、貯蓄性向は弱まり、物価も日銀の思惑通りに上昇し、デフレも克服し景気も回復するだろう


高齢化に伴い更なる需要増が見込まれる介護関連産業は基本的には「介護保険制度」を中心に成り立っている。抜本的に之を改訂し積極的に規制緩和を図り、関連産業の売上げ増に結び付ける事こそが政府に求められている対策ではないか。尚、待機児童が多く更に需要が見込まれる保育関連事業も充実させ潜在労働力の顕在化を図り、少子化に伴う労働力不足を補う改革も同時に政府主導で推し進める事も肝要である。



 




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