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「もんじゅ」廃炉の際はエネルギー計画も見直しを [政治]

我が国のエネルギー基本計画の根幹は原子力発電の核燃料サイクルであり、高速増殖原型炉「もんじゅ」はそれを支えるに欠く事の出来ない重要な研究炉であった。

然し、其の「もんじゅ」は日本原子力研究開発機構に依り運営され、1994年初臨界の翌年燃料冷却用ナトリューム漏出事故を起こし、更に其の翌年には1万点に及ぶ点検漏れ発覚等トラブル続きで既に1兆円を超える資金投入がされている。そして、未だ殆ど運転実績が無い。而も、運転を開始するには新規制基準に適合させる為に工事費用を更に8千億円要すると云われる。其処で運営主体の変更を各方面から問われるも未だ具体的な選定には至っていない。

其のような訳も有り、官邸筋では之を廃炉にと考えている

我が国のエネルギー政策の根幹である高速増殖炉による燃料サイクル方式を諦め、MOX燃料を使用するプルサーマル方式に基本方針を変更する考えである。

然し、その場合、我が国にはプルサーマル原発炉が少なく、プルトニュームの完全消費が不可能であり、核兵器に利用される疑念を各国に抱かせる。

関係閣僚会議は「もんじゅ」を廃炉にし、燃料増殖の無いフランスの高速炉「アスリッド」計画に資金を提供し、協同研究する方針も検討中と聞くが、此のアスリッド計画自体実現性が疑問視されている。その様な訳も有り、政府の高速炉開発会議は従来の方針を抜本的に見直し「もんじゅ」を廃炉にしても、核燃料サイクルの主体となる高速炉の研究開発は維持する予定と云う。

然し「もんじゅ」を廃炉にする場合には我が国の原発全てを廃炉にする等エネルギー計画を全面的に見直す必要も有るのではないか。




経済も成長期から成熟期へ [政治経済]

 現在、我が国経済の根底に流れる金融緩和は景気上昇を目指して中央銀行が独自に行うカンフル注射の様な役割の対策であり、政府主導の景気対策と相まって始めて効力を発揮する。日銀が物価上昇率2%を目標に金融緩和を実施し、更にマイナス金利策に迄踏み切って約半年になる。それでも此の国の景気は一向に頭をもたげない。


何故ならば政府主導の景気対策が成長期社会で経験し成功した物造り産業に偏り、成熟期社会では需要が旺盛であり欠くことの出来ない介護保育、教育、医療等、人間の生活に直接関連した産業に対して乏しいからである。景気対策は需要の期待される産業に特化し規制緩和を中心に大規模に行う必要がある。


高齢化が極限に達した成熟社会では、関連産業の需要も極限に達する。其の供給が不足すれば多くの社会問題を提起する。一方 需要を満たす供給が確保出来れば、其の効果で内需は活性化し、輸出に頼る経済からも脱却し、財政立て直しの一役を担う事も可能である。  

手厚い老後保障に依り将来(老後)の不安を取り除く事が出来れば、人々は将来の不安に備えるより現在の生活をエンジョイし充実させる事に消費する。結果、貯蓄性向は弱まり、物価も日銀の思惑通りに上昇し、デフレも克服し景気も回復するだろう


高齢化に伴い更なる需要増が見込まれる介護関連産業は基本的には「介護保険制度」を中心に成り立っている。抜本的に之を改訂し積極的に規制緩和を図り、関連産業の売上げ増に結び付ける事こそが政府に求められている対策ではないか。尚、待機児童が多く更に需要が見込まれる保育関連事業も充実させ潜在労働力の顕在化を図り、少子化に伴う労働力不足を補う改革も同時に政府主導で推し進める事も肝要である。



 




核家族制度を無視した介護.保育対策 [介護、保育]

政府は少子高齢社会が到来する事を予知し、昭和の終り頃から対策を論議していた。年号が平成に変り、当時の首相M氏を筆頭に核家族には不向きな自宅での介護保育を中心に政策の討議をし、施設での介護保育は関心の外にあった。要介護者を抱え、自宅で介護をする家庭には1家族当たり月額10万円相当支給する等の対策を真剣に討議していた様である。

民間の企業は既にAI関連が主流で、発展は目覚ましく、世界第2の経済大国等と持て囃されてもいた。一方、政治は一向に先が読めず遵って何等有効な対策も打てず、内外から経済は一流だが政治は三流などと揶揄もされて居た。

其の頃から齢化に伴う社会保障費は年を追って増加し、国家予算を赤字国債で補う事が通常化し、累積赤字は先進国中最高となり、1000兆円を超えてしまった。又、参院選を前に消費税引き上げも急遽中止し、プライムレートゼロ計画も断念してしまった様である。
高齢化社会を予知しながらも何ら有効な対策も打てず、新民法に依る核家族制度下では不可能と云われる家庭内介護や保育を主体に政策を展開した為、特養や保育施設が不足し、待機者が増加し、多くの社会問題を提起するに至った。

高齢家庭では老老介護に依る殺人や自殺が、老人ホームでは充分に訓練や教育を受けていない従業員に依る殺人や暴行事件が、保育所では不慣れな職員に依る幼児の死亡事故等が多発している。

若者が結婚して生計を立てるには共働きが一般的であるにも拘らず、核家族が共働きをするに必要不可欠な保育施設が不足で思う様に利用出来ず、多くの待機者を抱え更なる少子化にも繋がっている。成熟社会に於ける制度設計を根本から誤っている。

核家族に馴染の薄い環境に育った議員さんが編み出した制度は現在の社会では役に立たない。

新民法の核家族制度を改め、旧制度に戻し、大家族家長制度を復活させる事も問題解消の選択肢ではあるが、之は今更出来る事ではないだろう。
 民法改定等はせず、

○介護保険及び関連諸制度を改訂し、職員の待遇を大幅改善し、更に従業員数を増加し、教育・訓練を徹底し、需要の多い介護産業を以って内需を喚起し、経済安定に繋げ老後の不安を無くす。



 


成熟社会へ対応の遅れ→不安と閉塞感→焦燥と排他的事件の発生へ [少子高齢化]

2代続きで金銭問題で職を追われた後の都知事選が終わった。各候補とも通り一遍の選挙演説を繰り返すだけ。之では先に職を追われた知事さんとどう違うのか?その点をどう改めるのか?3代続いて同じ事を繰り返す心配を都民から払拭する事が出来たのだろうか?
処で、都知事選の最中に隣の県では其の施設を辞めたばかりの職員に依る重度障害者の多数惨殺事件が勃発した。犯人は勿論悪い、然しその他に社会構造等の欠陥は無かったか?福祉と行政と医療と警察等の連携はどうだったか?
私達の住む社会は少子高齢社会に突入した。既に、北欧では先んじてこの様な社会を経験し参考になる事例を多く持っている。
それにも拘らず、此の国では経済ばかりを優先させ、成熟社会を迎える準備がお座成りにされて来た。その結果が、特養や保育施設が多くの待機者を抱える事に繋がり、更には、施設に入所も出来ず老老介護が儘ならず介護殺人や自殺者が出たり、漸く入所出来た施設でも入所者への暴力事件等が多発し社会問題を提起している。 

今回の事件も其の範疇にあると云える。対外援助も防衛も必要ではない等云う積りは無いが、内政は経済ばかり優先で、其れも金融緩和だけが先走り大企業の輸出ばかりに頼っている。トリクルダウン等何時まで待ってもやっては来ない。全く内需振興策に疎い。その外、社会問題の対応力(現況を観察し予め対応する力)にも欠けている。この様な状況が続けば、此の国は他国の攻撃で滅びる以前に国内の貧困や不安から発生する社会問題で崩れ去ってしまう。
民間企業間の争いは優勝劣敗が掟で有り、弱者は退くのみである。然し成熟社会に欠かせない老人や障碍者や保育等弱者救済の事業は其れでは済まされない。都知事選では、住んでよし、働いてよし、環境によし、とか1か月以内に待機者ゼロのプランを作るとか具体策の乏しい街頭演説に振り廻された。然し、こんな事では従来と変わる処は何も見られない。事件は再発する。或る市では保育士一人が扱う児童の受け持ち人数を増やし、児童一人当たりが必要とする保育の為の面積を減らす等して待機者対策に当たる等真面目に検討したと聞く。呆れた事である。之ではブラック企業ではないか!事業者の経営状態こそ改善されるものの児童への処遇は低下し、保育士の待遇は益々劣化する。とても福祉等と云える代物ではない!
昭和38年、福祉多難の折、我が国に障碍者施設「びわこ学園」を創設された中のひとり、糸賀氏の言葉に「此の子等を世に光に」と云う言葉が有る。「此の子等にひかりを」では無い。此の子等から障害を持った方が惹いては弱者が共に生きて行くに優しい支援の在り方や社会のつくり方を学びなさい!と云っている。充分に教育訓練された職員が携わっても困難な、ものも言えない障害者や寝たきり老人等えの介護や支援への教育や訓練が人手不足を理由に疎かになってはいないか?人命を扱い肉体的にも精神的にも大変困難な介護、支援、保育等に携わる者への待遇も改善する必要がある。今回の障碍者施設における大量殺戮事件もそんな処が発生の要因となっているのでは?障碍者支援や老人介護を扱う福祉は株主に配当を考え効率を重視する民間企業とは相入れない部門である事も充分配慮して対策を練って戴きたい。
私達重度障碍者の親達は多くの心ある方のご支援を戴き乍、連携して社会福祉法人を立ち上げ、将来我が子等に必要になると思はれる諸施設及び親亡き後も彼らに支援が行き届くよう考慮し、成年後見の為の法人を立ち上げ運営して参りました。当初から拘って来た親達は既に大半は鬼籍に入り、僅かに残された親達も傘寿を超え殆どが病に伏せる状態です。現在、法人を運営する役員は、之等の法人や施設の役職を担当された幹部職員と後に施設に入られた利用者の心ある親達です。設立当時の親達の思いを後々に伝えたく、施設名と法人及び法定後見人の名には「此の子等を世のひかりに」の想いから全部「ひかり」の文字が挿入されています。そして此の度び選出された社会福祉法人の理事長には社会事業大学出身で本人も重度身体障碍者で有られ而も設立当初の親達とも深い繋がりを持つ此の法人生え抜きの素敵な方が選ばれ現在活躍中です。
尚、関心をお持ちの方は法人の運営に纏わる苦労話等を記した
ソネットブログ(風)(http://littlelight77.blog.so-net.ne.jp/)へも お越し下されば幸いです。




ダレのミックス→まやかしの 成長と方便のトリクルダウン [政治]

民主憲法の下、傲慢にも己の名を冠した経済政策を大上段に振り翳し、此の他に道は無い、此の道を突き進むだけ等と公言し、国民から考える自由や選択する自由迄奪い去った為政者が、果たして、我が国の憲政史上有っただろうか?

発行部数の多い新聞TV迄が連日特大見出しで、恰も同調するかの如く先を争って之を

取り上げる。読者や聴視者は洗脳され、思考力さえ奪い去られ兼ねない異常な状況だ。

経済政策に隠れて先行している憲法問題も、嘗ては7つの海を制し、地球上至る所に植民地を設けた彼の国の如く、国民投票等に依る早期決着だけは避けてもらいたい。先ず、国会で充分に討議し国民の理解と納得を得る事が肝心である。後悔は先に立たず。


嘗て1800年代に米国の共和党大統領ドナルド、レーガンの採った、一連の自由主義経済政策が、の名を政策に冠したレーガノミックスであり、多分、我が国の為政者も之に倣ったのでは?

前大統領民主党ジミーカーターの政策が企業活動を阻害し、勤労意欲を低減させた。との思いから、市場原理民間活力を重視する政策を採り、社会保障費こそ削減させたものの、軍事費の増大により政府支出を拡大させてしまった。同時に減税等景気刺激策も採り、経済規模も一時は拡大させたが、結局、貿易赤字と財政赤字の拡大と云う双子の赤字を抱え失敗に終った。規制を緩やかにし、市場の成り行きに任せる。市場原理主義の政策はまさかアダムスミスの時代ではあるまいし「見えざる手」がそんなにうまく働くとは限らない。

成熟社会に突入した我が国では、成長を経済政策のトップに掲げる事はもはや無理である。先ず、分配の手立てを考えるべきではないか。「成長無くして分配無し」等と公言する者も有るが、成熟社会では本末転倒である。分配策が希薄の状態で成長ばかりを推し進めては較差が拡がるばかりであり、社会は如何にもならない焦燥感と閉塞感に包まれ、優良企業も先行き不安の為に内部留保の積み増しに励み、決してトリクルダウンなど起きる余地等無い。現状では公平な分配こそが成長の源である事を肝に命じて貰いたい。然し、社会主義統制下の社会ではあるまいし、給料を上げろとか内部留保を減らせとか政府が私企業に計る事もご遠慮戴きたい。




所得の再配分は税だけではない(国家100年の大計を考慮し社会保障は社会保険の改訂で!) [政治]

又もや消費税のアップが見送られた。社会保障費は如何する積り?古来より自分が生きるに必要な懸りは自前(自助)が原則である。然し、病人や未成年や老人や障害者は他人の助けを借りず、自力で生きる事が困難や、不可能であったりし、家族がカバーするにも限界がある。其処で社会には他人同士互いに助け合う共助の形が自然に構築されて行った。此の国では其の分野を社会保障費の名目で社会保険に依り賄う様に定めている。国家を形成し運営して行くには他に多様な経費が必要であり、其れ等を賄う為には所得の再配分機能を有する税が設けられ、収入の多寡に依り応分の納入が定められている。 国家運営に係る諸々の費用は当然公金である税で賄われるべきであるが、社会保障は原則自助、共助の意味を持つ社会保険が受け持つ分野であり、公金である税で賄うのは筋違いである。社会保障に税金が使われる事実は社会保険の機能が社会保障をするには脆弱過ぎる事を如実に顕している。無暗に税を投入し財政を先進国中最悪にしてしまった要因を改定もせず、社会保険の抜本的改訂を後に回し、財政再建を先に延ばし、又もやの増税は良識ある政治家の為すべき事では無い。


政治と権力(歴史は繰り返される) [政治]

私達の国は七〇年程前に戦前の旧体制に決別し、新憲法を制定し、個人の権利を大切にする国に生まれ変った。国家権力に依る個人の教育や思想への介入を禁止し、言論の自由も認めた。又、海外で軍事力を行使する事を禁止した。此の憲法で国家権力の暴走を縛り、個人の権利や自由を護り、海外派兵を禁止し、平和国家として繁栄を築いて来た。之が戦後レジームである。                                     戦後レジームから脱却する事は、之等の縛りを取り外し、何を求め、何処へ向う考えか?多くの憲法学者の違憲論に耳を傾けもせず、只一度の閣議で共同防衛や、海外派兵を認める様に憲法解釈を変更し、数を頼りに安保関連十一法案を国会で可決させてしまった。同盟国と共に世界の隅々に迄派兵し、戦いを挑む事を可能にしてしまった。之で司馬遼太郎氏が著書「この国のかたち」の中で”日本史上に顕われた異胎の四〇と云った”あの恐ろしい統帥権干犯時代に歴史を逆戻りさせてしまった。                     小選挙区制度が施行され、党執行部の選定で立候補者が決定される。党首の「覚え愛でたい者」で無くては当選は愚か立候補も出来ない。逆に「覚え愛でたい者」であれば例え小選挙区で落選しても比例で当選させることが出来る。結果、党首の顔色ばかりを気にする小粒な選良や閣僚が多くなり、与党党首でもある首相は往時の参謀本部等とは比較にならぬ権力を持つ様に変わってしまった。そして歴代内閣や政権政党が戦後七〇年間も護り続けた「自国の専守防衛は出来るが、攻撃を受けた同盟国を防衛する為に応戦する事は出来ない」とした従来の憲法解釈も閣議のみで軽々しく変えてしまった。権力には其れに応じた責任も伴う事を自覚すべきである。先の大戦で国民が背負った苦難を思えば、それは充分理解出来よう。原爆を投下された広島長崎をはじめ多くの都市は空爆に晒され住居は焼き尽くされ、多くの住民を犠牲にした。又、沖縄地上戦の戦場と化し、多くの住民を犠牲にしたばかりでは無く、未だに米国の占領下にあると同様の扱いを受けている。その他近隣諸国に対しては加害者として計り知れない損害と打撃を与えてしまった。                                                           これ等の歴史を更に遡れば、国際情勢の変化に応じ鎖国を解き開国を試みた幕府に叛意を顕に、薩長土連合が尊王攘夷を旗印に、既に弱体化していた幕府を倒し、其の舌の根も乾かぬ内に臆面も無く、自らが夷国と蔑んだ西欧を真似た政府を樹立し、明治維新を成し遂げた。そして内政も整わぬ儘、戦った日清戦争(明治二七年一八九四年)に勝利し、馬関条約締結後、日露戦争(明治三七年一九〇四年)から大東亜戦争敗戦に至る(一九〇五年から一九四五年迄)司馬遼太郎氏が日本史上異胎の四〇年と云われたこの間の暴走は、帝政憲法上天皇のみが有するとされた「統帥権」を陸軍参謀本部が自己本位に曲げて解釈し乱用した結果である。
即ち、明治維新は幕府及び譜代大名の弱体化に乗じた倒幕の結果で有り、日清戦争の勝利はアヘン戦争の結果、アグイン条約に伴う西欧諸国による彼の国の植民地化と清王朝の乱れ等清国内部事情が全てであり、日露戦争の勝利も又、赤化に伴う帝政ロシアの混乱に乗じての勝利であり、全てが漁夫の利であって決して薩長連合政府率いる我が国が優れていた訳で無い事は明瞭である。明治維新を成功させ、日清、日露の戦に勝利した事で更に国力及び軍事力を過信し、参謀本部の「統帥権」に惑わされ、彼等の為すが儘に建国した満州国を認め、更に世界の一等国を夢見て先の大戦に臨み、惨憺たる結末を招いてしまった。                                    昨今の政治状況を鑑みるに、長州出身の権力者が往時に郷愁を覚え、小選挙区制度に依る権力の肥大化を好い事に憲法学者の違憲論にさえ聞く耳持たず、「統帥権」まがいに自己本位の憲法解釈で国民生活を蔑ろに同盟国と共に世界の隅々にまで派兵し、世界のリーダーたらんとする自己中心の思惑で戦後レジュームとの決別を唱える危うさには限りなく不安を覚える。




世界のリーダーで無くとも国民に幸せを [政治]

私達の国は経済成長の時代に終りを告げ、既に成長より配分を重視する成熟社会に突入している。にも拘らず、未だに経済成長を夢見てトリクルダウン等到底望めないにも関わらず、経済成長を基本政策に掲げ、貧富の格差を益々拡大させている。更に、最高法規の憲法を犯して迄も強引に安保関連法案を可決し、同盟国と共に世界の隅々に迄派兵し戦いを挑む準備を整えている。之では司馬遼太郎氏が著書「この国のかたち」の中で”日本史上に顕われた異胎の40年と云はれた”あの恐ろしい時代に歴史を逆戻りさせてしまう。国家の運営ビジネスとは異なる事を実感し、軽々しく歴代の内閣及び政権政党が護ってきた基本方針を変更して国民を惑わせる事は止めて戴きたい。株式会社であれば倒産の責任は最終的に株主が出資分だけ負えば済む事だが、国家運営の失敗→失政は、先の大戦で国民が背負った苦難を考えれば理解出来よう。末代までも全国民を不幸のどん底に引きずり込むばかりでは無く近隣諸国にさえも計り知れない打撃を与えてしまう。日清戦争(明治27年1894)に勝利し、馬関条約締結後、日露戦争(明治37年1904)から大東亜戦争敗戦に至る1905年から1945年)日本史上異胎の40年と云われる過ちは、陸軍参謀本部に依る持つ事さえ許されていない「統帥権」の乱用と僅か数名の政権担当者の国力を過信した判断に依る失政が元凶である。、日清戦争の勝利は清王朝の乱れとアヘン戦争とアグイン条約に伴う西欧諸国による彼の国の植民地化に伴う内部事情が全てであり、日露戦争の勝利も、赤化に伴う帝政ロシアの混乱に乗じての勝利で、決して我が国の戦力が特別に優れていた訳で無い事は明瞭である。鎖国を解き開国を試みた徳川幕府に反意を顕わに攘夷を掲げる薩長土連合が倒幕に成功し、攘夷を旗印に幕府と戦った薩長連合は、其の舌の根の乾かぬ内に、臆面もなく夷国と称する西欧を真似た連合政府を設立し、明治維新を成し遂げた。その後、内政も整わぬ内、充分な準備もない侭戦った日清、日露の戦に勝利した事で国力を過信し中国に満州国を設立し、更に世界の1等国を夢見て先の大戦に臨み、惨憺たる結末を招いた。

昨今の政治状況を鑑みるに、往時に郷愁を覚え、戦後レジュームとの決別を唱える政権担当者は多くの憲法学者の意見にも耳を傾けず「閣議決定」の憲法解釈を押し通し、同盟国と手を携え世界の隅々に迄派兵し、往時の「統帥権」まがいに国民の生活を蔑ろに世界のリーダーたらんとする危うさにはこれでも法治国かと不安を覚える。

    
統帥権干犯問題 → 明治憲法(大日本帝国憲法)には、11条「天皇ハ陸海軍ヲ統帥ス」第12条「 天皇ハ陸海軍ノ編成オヨビ常備兵額ヲ定ム」とある。=之を天皇の統帥権編成大権と云う 天皇だけが持つと定められた11条「統帥権」及び12条「軍の編成大権」を陸軍参謀本部は「天皇の意志を代行して軍を統帥及び編成する処」と手前勝手に解釈して、政府の干渉なしに軍を統帥し、編成し行使出来る様にした。その結果が先の大戦に繋がって行った。


(no2) 戦後レジュームより脱却して何処へ?→アンシャンレジューム? [政治]

アンシャンレジューム Ancien recime=フランス革命以前の体制(革命後旧特権階級の一部に革命前の体制を懐かしみアンシャンレジューム回帰を望む者が有った。

日本の戦後レジューム=第2次世界大戦後の体制=民主主義。思想言論の自由。非戦等々で、民法の「私権は公共の福祉に遵う」は当然ながら最高法規憲法で国民個々の権利が国家の権利より優っている事を規定している。→ 如何して脱却する必要があるのか?                  軍の一部が暴走し、近隣国が受けた諸々の被害国中、最大の被害国である中国の周恩来首相は「日本国民も又同じ被害者である」とが云われ、日中平和友好条約を締結された。又、近隣の或る国は一時我が国に統治された経験を統治後70数年を経た現在でも首相が替わる度び謝罪を要求し続けている。例え一部の者が犯した罪で有っても、相手の心済むまでは決して許される事では無い事は自明の理である。処が、之が理解出来ないのか?或いは戦前祖父が大臣をされていた時代の再来を望むのか?国際情勢が厳しい事を理由に最高法規憲法迄犯して「安全保障関連法案」を急遽多数の横暴で可決し、=「海外派兵」「駆け付け警護」等々・・・・・再び軍靴の足音が辺りに聞こえて来る様だ。又、「意の儘にならぬ放送局の電波をシャットダウンする」と云う側近の大臣迄現れ、=「表現の自由」処か、「思想言論の自由」まで奪われ兼ねない。場合に依っては戦前回帰であの恐ろしい公安の出現も?・・・・・・・・・・・・ 戦後レジュームよりの脱却とは?この様な事だったのか?アンシャンレジューム→戦前の体制に回帰する事だったのか?と臍を噛む思いだ。                                                                 「美しい国ニッポン」=とても好い響きだ。之に騙され、どの様な国作りを目指すのか解らぬ侭、政権を委ねてしまった我々の行為が此の国の行方にどのような変化を齎すのか・・・・・・・


タンス預金で万札不足 [政治経済]

財務省は前年度の1.17倍で1億8千万枚。額面で1兆8千億円相当の万札を増刷するとの計画を発表した。一方では、最近、高価な金庫の売れ行きが良いと聞く。マイナンバー制度が施行され、偽名や匿名預金の効果が無く、正規に納税をしなければならず、預金金利も低下したので、解約しタンス預金に切り替える資産家が多い証拠ではないか?電子貨幣が多い現状でも預金担保が多く、大量の使用は望めない。結局、市場に流通する現金量不足が一般市場に悪影響を及ぼし惹いては内需を減退させる。

日本銀行が発行済国債を買い入れ、市場に大量の通貨を投入し更にマイナス金利迄導入して金融を緩和して貨幣の流通量を増やし円価を下げ輸出増を図りデフレを克服し景気回復の努力をしている。  にも拘らず政府の繰り出す政策は之に反する、①消費税の増税や②マイナンバー制度等景気に悪影響を及ぼす政策ばかりが目に付く。そして挙句の果てには③新年度予算案の国会可決が景気対策だ等と公言するに至っては、之が経済第1主義を唱える政権が提唱する経済政策アベノミックスの3本の矢かとあきれるばかりである。

何度も申し上げるが中央銀行の金融緩和と之に即応する政府の景気対策が無くてはデフレ克服も景気回復も不可能だ。
現政権が景気対策を置き去りにして迄行う改憲論議は理解出来ない事も無いが、既に多くの憲法学者の違憲論を無視して、憲法を改定せずに安全保障関連法案を国会通過させてしまった事で改憲の必要性は半減している。結局アベノミックスも失敗し、新憲法制定もあまり意味のない姿にしてしまった。之であと1歩の処迄来ていた結党以来の念願の新憲法制定も、大分遠のいてしまった様である。結党以来期待して来た独立国日本への憧れは消え失せてしまった。暫くはポチと云われようと何と言われようと彼の国の御機嫌を採る政権が続く。念願達成の為には姑息な手段は止めて正々堂々と正面から取り組んで戴けないものか。




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